日本の旧石器時代は独自の文化を持っていた

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縄文人と同じ遺伝子を持っている人は、世界を見渡してもいない

僕が子供の頃は、縄文時代は原始人のような暮らしで、それ以前にはあまり触れられていませんでした。

「縄文時代が日本の始まり」というのが定説でした。

それまでの発掘調査では、関東ローム層が見えたら、調査は終了だったのです。

これを覆したのが、相澤忠洋(あいざわただひろ)さんです。

著書に「赤土への執念」というタイトルにありますが、関東ローム層が赤土です。

戦後、納豆の行商をしていた相澤さんが、道路工事の掘割で関東ローム層の中から、石器を発見したのです。

その後、どんどん調査が進み、縄文以前にも人が住んでいたことが認識されました。

相澤忠洋先生は、すでに亡くなられて、相澤忠洋記念館 館長 相澤千恵子さんと40分ほど会話しました。

お袋と同年代と思えますが、とてもセンスのある印象を感じました。

残念なのは、人骨を発見できなかったことだそうです。

日本は酸性土壌なので、沖縄の海岸部の弱アルカリ性土壌や貝塚など、条件が良くないと長い年月とともに分解されてしまうそうです。

昔は日本人のルーツは、中国大陸、朝鮮半島から渡って来たとされて、文化もそうした流れを汲んだと考えていたようです。

確かに後世になると、大陸からの文化がもたらされています。

近年、DNA調査や年代測定技術が進んで、石器や土器から推測すると、旧石器から縄文時代の日本は独自の文化を有していたと考えられています。

もちろん、発掘調査により変化すると思うので『現段階では』とします。

旧石器時代から縄文時代開始時期については、主に3つあり、土器が出現した約1万6500年前頃、土器が列島各地に普及した約1万5000年前頃、そして貝塚の出現、食料加工技術の定着、定住生活の確立など、縄文的な文化が浸透した約1万1500年前頃の3説だそうです。

土器の出現から縄文文化の成立まで、およそ5000年もの期間があり、旧石器時代から緩やかに移行したとされています。

最初にアジアに入ってきた人たちの子孫が縄文人で、この縄文人と同じ遺伝子を持っている人は、世界を見渡してもいないそうです。

縄文人が日本人のルーツであるということです。

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